4.20 まよなか しんや ライブ from沖縄
沖縄の けーし風よ 今こそ吹き上がれ!
沖縄料理店・チャンプルー街
午後5時スタート

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参加費 1500円(軽食+ドリンク付)
主催:ライブ実行委員会
連絡先
リサイクルショップ街/ 3928−1378
チャンプルー街/ 3928−0417
1997・10・10 まよなか しんや

今、僕は生活の大半を旅で過ごしている。小林旭の“ギターをもった渡り鳥”に挑戦して、北は北海道から南は九州そして宮古、八重山まで全国各地を歌い回っている。こんな暮らしも実に23年ぶりである。

僕は、「復帰」の年(1972年)から翌年にかけて1年間、東京を拠点に日本全国を駆け巡ったことがある。“わったぁ沖縄人の望んだ「復帰」とはこんなもんじゃないぞ”とヤマトンチュに直接言いたいと思い上京したのである。わったぁ沖縄は25年前に「復帰」した。私たちの望んだ「復帰」とは、日本国憲法がちゃんと適用される沖縄=核も基地もない緑ゆたかな沖縄の実現であった。しかし、現実は、米軍基地はそのままだし、さらに自衛隊もヤマト企業もやってきて、自然を破壊する演習や乱開発のやりたい放題である。

その後、帰沖(1973年)してから今日(1996年)までの23年間は、サラリーマンとフォーク歌手という2足のわらじで、毎年、夏に年休をもらい全国ツアーをする程度の演奏活動でのんびりと歌ってきたが、一昨年の痛ましい少女の暴行事件以来、全国からコンサートの依頼が多くなり、僕自身もじっとしていられなくなり、思い切りサラリーマンを辞め、妻や子ども達の了解を得て、歌を専業に全国を回ることにした。つまり、戦後日本の第3の平和のうねりと言われている沖縄発信の反基地・反安保のうねりを止めてはならない、少女の涙を無駄にしてはいけないと決意し、今、僕は全国を平和コンサートで駆け巡っているのである。
一昨年の9月から始まった僕の反基地のコンサートも、先日(’97.9.19〜10.1)行なった。ブルースシンガー知念良吉と組んだ全国ツアー“けーし風キャラバン”は241 回を数えた。これも、全国各地で受け入れてくれる心あるヤマトンチュたちがいるからできるのであり、本当にニヘーデービル・タンディガータンディ・ミーハーユーである。今年の4月17日、沖縄に21世紀まで基地をおしつける軍用地特措法の改悪が衆参の両院で何の審議もないまま強行裁決された時、僕は、沖縄の反戦地主を先頭とする100 人の代表団の一人としてギターを持って国会包囲の座り込み行動に参加していた。

その時、僕の頭の中に浮かんだのは、沖縄の「独立」である。

1609年の薩摩の侵略以来、沖縄はヤマトにとって何だったのだろうか……沖縄はもう「独立」するしかないのではないかと思った。今、沖縄の内外で「独立」論争が盛んである。僕も「独立」には基本的に賛成である。ヘリポート基地をおしつけられようとしている今、新ガイドラインが見直しされた今、日本全国の民間空港や港湾が日常的に米軍に使用されようとしている今、つまり、ヤマトの沖縄化(軍事化)がすすんでいる今、反基地運動と「独立」運動は連帯して闘う時だと思う。

ところで、日本という国は、本当に独立国と言えるであろうか。オーノーである。外国の軍隊が52年も常駐している国は独立国とは言えないと思う。日本が真に独立するとは、世界に誇る日本国憲法がしっかりと日本に根づくことであると思う。 つまり、安保条約を破棄し、米軍を撤退させ、自衛隊を解散することである。そして、アジアの人々に対する戦後補償と謝罪を国家としてちゃんとやることである。さらに、アイヌ民族の先住権や在日外国人の権利を認めることであり、阪神淡路の被災者を国家として救援することであり、原発や産廃処理政策を改めることである。

つまり、北は北海道から南は沖縄まで、日本列島に生きる全ての人々の権利を保障し、日本は単一民族ではなく、多民族国家であることを明確にすることである。日本という国がちゃんと「独立」していたのであれば、沖縄の「独立」運動はおこらなかったかもしれない。いずれにせよ、沖縄が日本の中に留まるのか、それとも独立するのかということは、今後の日本の民主主義を確立する闘いの中で、その方向性が見えてくると思う。

いよいよ21世紀がやってくる。僕たちがその気になって闘えば、21世紀は必ず輝かしいものになるであろう。  

サー友ぐぁ達よ、共にやろうではないか。 
沖縄が動けば、日本が変わる。
アジアの人々と共に生きるゆたかな日本を築いていこうではないか。


かつて沖縄は、500 年間、武器をもたない国として、アジアの人々と共に生きてきた。そして 現在、ペルーの隣りのラテンアメリカのコスタリカは軍隊をもたない国として、世界の中で平和に存在しているのではないか。僕たちがその気になって闘えば、核も基地もない緑ゆたかな地球を子ども達にバトンタッチすることができるのである。

台風の後に吹く返し風のことを沖縄では“けーし風”という。唐の世から大和の世、大和の世からアメリカ世……沖縄は長い間、外からの台風に翻弄されてきた。しかし台風はいつか必ず止むものである。今こそ、わったぁ沖縄人が台風を追い返す“けーし風”を吹かす時である。

          アジアの友とガッチリ腕を組んで、

沖縄からヤマトへ、
沖縄から世界へ、
けーし風を吹き上がらそうではないか。
 

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